私はこれまで53年間の人生を歩んできました。
その53年間でいろんな人に影響を受けました。
それは良い影響もありましたし、悪い影響を受けた事もありました。
そこで、各年代別に私が影響を受けた人を振り返ってみたいと思います。
今回は小学校時代に私が影響を受けた人。
心の底から信頼できたB先生
小学校3年生〜5年生まで3年間、担任していただいたB先生。
見た目はゴリラっぽく、いつもジャージ(下)を履いていました。
いつもは温和で、何でも話せる頼れる先生ですが、怒ると大きな声で怒鳴ります。
「〇〇のバカヤロー!!!!!」
が口癖で、私も何度か怒鳴られました。
夏休み明けの登校日には、B先生と腕の日焼け具合を比べられて、B先生より日焼けしていなかったらゲンコツされました。誰を贔屓するでもなく、一人一人日焼け具合を比べて、ゲンコツしていました。
そのゲンコツも、すぐにするのではなく、生徒の言い分(言い訳)を聞いて、5ターンくらい会話を交わしてから、ゲンコツしたりしなかったり。
そうやっておとなしい子にもソーシャルスキルをつけさせようとしていたんだと思います。(今思えば、ですけどね。その当時は言い訳に必死でした)
生徒全員に分け隔てなく接してくれて、信頼できる大人でしたね。
遠足のときは、B先生の見た目をイジって、私が音頭をとって
私 「メ〜ガ〜ネ」
他の生徒「ヒ〜ゲ」
私 「ヒ〜ゲ〜の」
他の生徒「G&G」(多分洋酒のラベルに描かれていた絵が似てたからだったと思います)
と言いながら歩いていました。そんなときでも先生は苦笑いしながら引率してくれていました。ただ「住宅街ではやめてくれ」と言われましたが。
B先生がいてくれたおかげで、学校が楽しかったし、勉強もみずからやっていたと思います。
B先生に憧れて、漠然と『学校の先生になりたい』と思ったことがありました。
あれから40年以上経ちましたが、今でも時々そのB先生のことを思い出します。
野球を教えてくれたMさん
私は、小学3年生から少年野球(軟式)を習い始めました。
それまでは、どちらかというと『どんくさい』と言われていました。
また、正確も引っ込み思案で人見知りという、外に出て活動的な行動をするには不向きな性格でした。
入部して1年ほど経ったとき、少年野球部の監督をしていたMさんが、私と他に2人、名指しで「平日の夜、7時にバットを持って(M監督の)家まで来るように」と言われました。
名指しされた3人は皆、おとなしいタイプの性格で、練習でも積極的ではありませんでした。それを見てMさんは平日に教えてくれようとしたんじゃないかと思います。
1時間、みっちりと素振りをして、練習後にはM監督の家に上げてもらい、フルーツやお菓子を頂きました。
半年もすると、試合でヒットを打つようになり、それが自信になって守備まで上達して、主力選手にまでなれました。
それからというもの、日常生活でも積極的になれて、かなりいい影響がありました。
書道の先生
書道の先生には『集中する事の大切さ』を教えてもらいました。
字を書くこともさることながら、字を書くまでの所作にも気をつけるよう、気持ちを落ち着けて、集中すること、というのを毎回教えられ、心のコントロールができていたように思います。
おかげで、小学6年生の頃には2段になっていました。
おわりに
なかには悪い影響を与えてくれる人もいました。
幼心に『こんな大人にはなりたくないなぁ』と思ったもんです。
でも全体的には、いい人に囲まれていた小学校時代だった、と思います。